コメントを追加

2004年7月 No.2

7月28日
叔父に電話。痛みがあって寝てばかりいるという。心配になった。 手術を終えて、3週間になる。痛みが手術が原因だと言うなら今は頑張れば何とか先の見通しが明るいが、他に原因があるのなら早く調べて対処をしてもらいたい。 元気のなさそうな声で「ダメだな。痛くて仕方ない」と言った言葉は正直なものだと思う。 励ますというより、痛みがあるための不安を何とか減らしたいと思い、適切なアドバイスが無いかと思ったが、見当たらない。「痛みをとるべし」これしかない。 なんとも無いことを祈るしかないが、又連絡をしてみようと思う。

7月23日
今日は平和。毎日暑いので夜の散歩をしていたが、近所をぐるりと回るだけでちょっと運動量が少ないらしい。で、今日は、夜車でお出かけをしてライトのついている公園へ連れて行った。 走る、走る、走る・・・・余程嬉しかったのか、猛ダッシュだった。 私もそういう嬉しそうな2匹を見ると嬉しくなる。犬馬鹿だと陰口をたたかれていることだろう。

7月22日
初めて叔母からファックスが来た。返事を書いてファックスを送ろうとしたら、叔母が電話に出たので、長話をした。 やはり叔父は痛みがあるので、しんどい様子だが、食欲が割りとあるらしくちょっと安心。 今日も朝から暑い。暑いときに暑いと言っても仕方がない、と、前に引いたおみくじに書いてあった。でも余程出来た人間で無い限り、暑い時には暑いと言うのが本当だろうと思う。 そう思う自分は、やっぱ未熟な人間か? でも、ジュディーもさくらも元気で、暑くても外出をするときには一緒に行きたいと言う。連れて行くときもあるけれど、走り回ったりして元気だ!!!! 犬でも熱中症にかかるため、ぬれたタオルと、冷たいお水は必需品で何時も出かけるときはピクニック状態だ。 たまには、身軽におしゃれをして出かけたいとも思うのだが、ジュディーとさくらの顔を見るとついつい一緒に出かけたくなる。で、結局いつものジーンズとTシャツ姿でのお出かけ。 洋服代にお金がかからないから、よしとしておこう。 あ、そろそろ美容院に行きたいな。

7月20日
叔父は日曜日に予定通り、叔父の入院先へ行ってきた。病院がすごく綺麗なことに驚いたし、病室の廊下にはじゅうたんが引いてあるのにも驚き。点滴を持って歩くと、かなり音が出るがあれなら気にせず歩けるし、他の人も音が気にならない。今までの病院、というイメージも少しずつ変りつつあるのだろうか? 叔父は、痛み止めが効かないらしくしんどそうであった。回腸とリンパ節、肝臓の60%と切除をしたのでしんどいはずであると、自分で言っているが、やはり痛みがあったり食欲が無いと、どうしても弱気になるらしい。 茨城の自宅へ寄るように薦められたが、帰ると言うと、「又、いつでもいいから来い。M(私)はいつでも来れるけど、お前達は仕事があるから休みの時に時間を作って泊まっていけ」と言った。 そして、自分は大丈夫であると気丈なところを見せたが、帰り際、涙を流した。 嬉し涙であると同時に、自分の体に対する不安の涙でもあると思う。 病人は、入院をするといきなり環境が変る。同じがん患者とベッドを共にし、毎日見る顔は看護士さんと、医師。そして、自分が手術をし辛い事もそういうった環境では、疑問を持たない。しかし、久しぶりに見舞いの客が来てくれたとき、自分が病人であると気づかされる。その上に、頑張れと言われると、時に悲しくなることすらある。私は「本当によく耐えた」としか叔父には言えなかった。「これで元気になれるならいいが」と言った叔父の言葉には「焦らないこと」としか言えなかった。元気な人の姿を見ると、焦ってしまうだろうし手術前の元気だった頃の自分を振り返ってしまうだろう。 しかし、叔父に必要なことは自分の状況を認めることだと思う。認めることが出来るなら、今出来る事をしていくことに楽しみを見出すことが出来るはずだと思う。 しかし、認めることが出来ずにいるなら、元気になれない自分を責めることになる。 これは家族も、今までとは違う叔父を認める必要もある。いろいろなことに答えを出したくなるのが、人間の弱いところでもあるけれど、答えを追求することより、今を着実に生きて欲しいと願っている。 そして、いつでも会いたいと思ったときには会いに行く。

7月17日
買い物へ。結局何も買わなかったけれど、フラフラ歩いて気分転換をしてきた。 昨日は、手作り愛犬用クッキーを売っているお店にジュディーとさくらを連れて行ってきた。 2匹は外面が非常に良いので、外では吠えない。ダックスは所構わず吠える子が多いのに、いい子ですね、とほめられた。そして店内の商品を物色。すると、お店の人がとても親切で、買っても口に合わないといけないからと、犬なのに試食をさせてくれた。 で、2匹の反応。 ジュディー:匂いを嗅いで、口に入れ吐き出した。 さくら: 匂いを嗅いだけで、プイッと横を向いた。 恥ずかしかった。尻尾ぐらいふったらいいのに。他に口に合いそうなものがあれば、買っていかないとちょっと失礼かと思い、探していると、又親切に試食をさせてくれた。 その反応 ジュディー:気に入ったようでくわえて走り去った さくら:気に入ったようでくわえて走り去った。が、離れたところで吐き出し、捨ててきた。 ひどい。あまりに失礼な態度だ。さくら、承知しないぞ!!!! が、ボールを気に入ったのでボールと、ジュディーの気に入ったクッキーを購入。 又お待ちしております、と言われたが、かっこ悪くて行けるはずは無い。

7月15日
ガンセンターで一緒の部屋だった、Hさんが亡くなられた。今日、お通夜に行ってきた。 6月に会いに行き、お元気そうな笑顔と「又、遊びに来てくれ。いつでもいいから」という言葉を私に残していった。 しかし、叔父の手術の成功を喜び、Hさんの死を悲しみ、 神様は、喜びと悲しみを同じ分量だけしか与えてくれないのだろうか? そして、私がこのお通夜の席にいるという事が信じられなかった。 先週、この方に電話をして又、顔を見に伺おうと思い、受話器を上げた。しかし、お客さんが来て受話器を下ろした。そのせいか、急に気が変り「叔父に会いに東京へ行って来てから電話をしよう」と予定を変更してしまった。 後悔が残る。 思い立ったときに行動をしない私の悪い癖は、こうして後悔を引き起こす。 もう一度会いたかった。 父と何時も楽しい笑顔で話をしていたHさん、 ご冥福をお祈りいたします

その他記事は『カテゴリー/flower』 

「父」 参考書籍」 グリーフ・ケア」 情報(cancer)」 他」 

​でご覧ください。

CAPTCHA
コメントをされる方は以下にチェックをお願いします。