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母の友人

母が亡くなってから、時々母の中学時代からの友人Hさんとお茶をしたりご飯を食べたりしていた。母の生前から顔を合わすことが多く、一緒に食事をしたこともある人なので、母がいなくても違和感はなく話ができる。

 

 

Hさんは子供がおらず夫婦二人暮らし。ご主人が父が胃癌と診断されたのと同じ年、やはり胃癌を患った。元気になられ再発もなかったのだが、食が細って来たと言うのは聞いていた。数か月に一度はHさんから連絡があるものの、このところしばらく顔を見ていないことに気付いた。最後に分かれた時「3ヶ月以上連絡がなければ何かあったと思いお互いに連絡をとろう」と話していたことを思い出す。この時すでに半年以上過ぎていて急にに気になり連絡をしようと思い始めたものの、いつもの悪い癖で先延ばしにしていた。

 

そんな矢先にHさんから電話があった。

「元気? しばらく連絡がなかったから・・・・」

「元気じゃないわ。

 

 

お父さんが亡くなった」

と。

すぐにHさんの元へ走った。久しぶりに見るHさんは思った通り辛そうな表情をひた隠しにし元気に振る舞っている。

食べるものも食べていないだろうと、夕飯にと、お寿司を買って行ったが「食べるものがなかったからちょうどよかった」と言う時の笑顔は明らかに悲しみを殺すのに必死だ。

 

色々と話を聞いた。

ご主人が具合が悪くなった時、主治医に

「あと3ヶ月」

と宣告されたそうだ。以前から自宅で世話をすると決めいていたHさんはとにかくできる限りの看護をしたそうだ。その通り、自宅での看護が始まった。夜中にご主人が痛みで目が覚めると横で寝ていたHさんは同じく目が覚める。そして背中を「もういい」というまでさすり、共に横になる。また起き上がると自分も起き上がりさする、ことを続けた。

ある日、「カバンを持ってきてくれ」と言うので言われた通りにしたらバッグから数万円のお金を取り出し

「これをおまえにやる」

「いらないわ。何?なんのお金なの?」

「お前が自分の事で沢山お金を使ったことを知っている。だから好きなものをこれで食べろ」

と言ったそうだ。治療費の事など旦那さんには伝えなかった。もともとこの旦那さんは人にお金を払わせる人ではなく、いいか悪いかは別にして世話になった人に対してもお茶代を渡すほどだったそうだ。礼を尽くすとても律儀な性格らしく若いころは他人にして自分には何もしないダンナが理解できなかった。それが自分に対してお礼をするなんて。。。。。とうれしさ半分で受け取った。

 

その3日後の夜、旦那さんがいつものように起き上がり自分もすぐに目を覚まし旦那さんを支えようとした。しかし、旦那さんは自分自身を支える力がなく自分の上に旦那さんが重なるように倒れてしまった。

「しっかりして。私は一人で支えられない」

と言ったがすでに脈はなかったという。

それが事実だと判ったとき思わず口にした言葉は

「お父さん!!!!!愛してるよ~   愛してるよ」

だったそうだ。他に言葉が見つからなかったとも。。。。。。

 

この時、余命3ヶ月と言われた期限は来ていなかった。まだ先があると思っていたHさんは何もこんな急がなくても。それに私が支えられなかったからこんな結果に。。。。と、辛い胸の内を口にした。

いや、本当はご主人はHさんに感謝を伝えるため、この形での最期を選んだのではないか、そう思う。それに「愛している」と言えるHさんの愛情の深さはご主人を今まで支えて来たのだと思う。

 

 

 

 

今日の一枚

寝ている所を写そうと思うと必ず目を覚ますジュディー。

この子の優しさは今も私を穏やかな気持ちにさせてくれる。

 

 

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