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あの時とこれからと今

数日前に書いた、母の友人を訪ねた時、母の死を今も悲しんでいると言っていた。どうしてこんなに早く、という思いが消えないそうだ。

その話の中で、私が忘れていたことがあった。

 

それは母が入院していた時のこと。

母の検査が終わり余命わずかと告知を受けた翌日、病室では母が点滴につながれていた。うとうと眠る母を見て呆然としたのを覚えている。これがモルヒネでると判ったからだ。そもそも主治医はは「モルヒネにするときは事前にご家族の確認をしてからにします」と言ってたのに何の確認もなかったことに愕然とした。それから母とはきちんとした会話ができなくなった。そして薬のためだと思うが急に意識が薄れていき起き上がれなくなっていった頃の事だ。

その日、私が病室へ行くと母の友人Hさんがいた。私と同じく母の容態の変化には精神的にもついていけない様子が表情に出ていた。しかし、私もこの状況に戸惑う一人で、友人Hさんと私は必死に明るく振る舞い、返事のない母を交えた会話をした。

本当ならもう少し容態が良いのではと思い、カップスープを買っていった。母が入院前

「おいしい」

と言っていたスープだ。

答えられないと判っていても「スープ飲む?」と聞く。母は必死にうなずいている。

スプーンにすくい口元に持っていくがほとんどがこぼれてしまう。母は顔をしかめ

「へたくそ!!!」

と今にも言いそうな表情をする。その時友人Hさんが笑い出した。私もつられ笑う。母も。。。。たぶん、笑っている。それにも懲りず何度もこぼす私。そのたび3人で笑う。さすがに友人Hさんが

「まぁ、へたくそだね。見ておれないわ。私がやってあげる」

と笑いながらスプーンを持った。

いや、想像以上に上手だ。

「判った? こうやってやるの。全くお母さんも大変やね。世話の焼ける子供だわ(笑)」

「だから苦労したって母が言うからそんなこと言わないで(笑)」

母も聞こえない声で笑っている。

 

Hさんが病室を出たらすぐそこにためらいがちに主治医がいたそうだ。

「あまりに楽しそうで中に入るのをためらっていました」

と言ったという。

声なき母の声もきっと笑い声として病室の外まで聞こえていたに違いない。

 

友人Hさんはこの一瞬の出来事を「最高に楽しかった母の最期の食事。沢山笑った最後の会話」と捉え今も母との思い出として強く残っていると、話した。そして母がいなくなり本当の話を話せる人がいなくなったことが大きいのだとも言っていた。

母の死により、人生が変わった人が私以外にもいるのかと思う。

 

 

 

毎年、一年を終えるころになると父の事、母の事を想う。それと同時に新しい一年つまり新しい人生が始まる、そんな気持ちにもなる。そして、今のこの一瞬がどれほど過去より大切で、未来より比重が大きいかを思う。

その一瞬の出来事が今の自分を作っている、とも思う。

 

 

 

今年一年、お世話になった方々、本当にありがとうございました。

すぐそこまで来ている来年も、一瞬一瞬を輝かしく過ごせますように。。。。。

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