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夜と霧

ドイツ強制収容所に収容された精神科医の書いた本。「日々の生活が平均的な囚人の心にどんなに反映したか、という問題を扱うものである」というように多くの心のことについて書かれている。

・・・・・・・・・・たとえもはやこの地上に何も残っていなくても人間は―瞬間であれ―愛する人間の像に心の底深く身を捧げることによって浄福になり得るのだと言う事が私に判ったのである・・・・・

この時すでに自分の妻は生きてはいなかったが、精神の世界の中で妻とコンタクトをとっていた。これはもう言葉では言い表せない。

そして、囚人達はどれほど辛い環境であるにもかかわらず、そこに

自然を愛でる

芸術を愛する

ユーモアのセンス

が存在したと言う。まず最初にそういった気持ちが消えるのだろうと思っていたが、ボロ布一枚が自分の全財産であり、明日さえ判らない生活の中でさえ消えないものなのだと知った。

 

 

本詳細

単行本: 184ページ
出版社: みすず書房; 新版 (2002/11/6)
言語 日本語
ISBN-10: 4622039702
ISBN-13: 978-4622039709
発売日: 2002/11/6
商品パッケージの寸法: 19 x 13.2 x 2 cm

 

商品説明

  名著の新訳には、つねに大きな期待と幾分かの不安がつきまとう。訳者や版元の重圧も察するにあまりあるが、その緊張感と真摯さのためか、多くの場合成功を収めているように思われる。本書もまた、その列に加わるものであろう。
   ユダヤ人精神分析学者がみずからのナチス強制収容所体験をつづった本書は、わが国でも1956年の初版以来、すでに古典として読みつがれている。著者は悪名高いアウシュビッツとその支所に収容されるが、想像も及ばぬ苛酷な環境を生き抜き、ついに解放される。家族は収容所で命を落とし、たった1人残されての生還だったという。

   このような経験は、残念ながらあの時代と地域ではけっして珍しいものではない。収容所の体験記も、大戦後には数多く発表されている。その中にあって、なぜ本書が半世紀以上を経て、なお生命を保っているのだろうか。今回はじめて手にした読者は、深い詠嘆とともにその理由を感得するはずである。

   著者は学者らしい観察眼で、極限におかれた人々の心理状態を分析する。なぜ監督官たちは人間を虫けらのように扱って平気でいられるのか、被収容者たちはどうやって精神の平衡を保ち、または崩壊させてゆくのか。こうした問いを突きつめてゆくうち、著者の思索は人間存在そのものにまで及ぶ。というよりも、むしろ人間を解き明かすために収容所という舞台を借りているとさえ思えるほど、その洞察は深遠にして哲学的である。「生きることからなにを期待するかではなく、……生きることがわたしたちからなにを期待しているかが問題」というような忘れがたい一節が、新しくみずみずしい日本語となって、随所に光をおびている。本書の読後感は一手記のそれではなく、すぐれた文学や哲学書のものであろう。

   今回の底本には、旧版に比べてさまざまな変更点や相違が見られるという。それには1人の哲学者と彼を取り巻く世界の変化が反映されている。一度、双方を読み比べてみることをすすめたい。それだけの価値ある書物である。 (大滝浩太郎)

 

目次

心理学者、強制収容所を体験する
知られざる強制収容所/上からの選抜と下からの選抜/被収容者 
119104の報告――心理学的試み

第一段階 収容
アウシュヴィッツ駅/最初の選別/消毒/
人に残されたもの――裸の存在/
最初の反応/「鉄条網に走る」?

第二段階 収容所生活
感動の消滅/苦痛/愚弄という伴奏/被収容者の夢/飢え/性的なことがら/
非情ということ/政治と宗教/降霊術/内面への逃避/もはやなにも残されていなくても/
壕のなかの瞑想/灰色の朝のモノローグ/収容所の芸術/収容所のユーモア/刑務所の囚人への羨望/
なにかを回避するという幸運/発疹チフス収容所に行く?/孤独への渇望/運命のたわむれ/遺言の暗記/
脱走計画/いらだち/精神の自由/運命――賜物/暫定的存在を分析する/教育者スピノザ/生きる意味を問う/
苦しむことはなにかをなしとげること/なにかが待つ/時機にかなった言葉/医師、魂を教導する/収容所監視者の心理

第三段階 収容所から解放されて
放免

『夜と霧』と私――旧版訳者のことば(霜山徳爾) 
訳者あとがき

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