思い出す初めての体験3

その事件の後、何かあると私は公園のおばあさんの所へ行くようになった。特にお見合いの話が来た時には私には救いの神のような存在だった。

 

母は私を一日も早く嫁がせようと22歳ぐらいから手あたり次第見合いをさせようとした。私は可能な限り抵抗をしたが母の圧倒的な力にはかなわない。ある日、見合い写真を前に

「お前はさっさと結婚をしろ。見合い相手がいるだけでいいと思え」

と言う。私はこの人から逃げれるのならお見合いをして結婚した方が良いのではないか、と悩んだ。しかし、どうしても気持ちが向かない。お見合いをしたのなら一度だけで断ることは許さず、一度会っただけでは判らない、という理由で何とか話をまとめようとした。断ろうとするのなら私を頭から否定した。今思い出してもぞっとする。

あるお見合いの話の時、当然会う前に断わろとしたら母が「公園のおばあさんの所で聞いて来い。結婚しろと言うはずだ」と言った。私は「おばあさんがこの人と結婚する」などと言わないという自信があった。その自信がどこから出てくるかは判らない。とにかくおばあさんの所へ行った。

前回同様、くるっと後ろを向き、神様っぽい飾りのある方を向いて会話が始まった。

「この人じゃないですか。はぁ、はぁ~・・・・ そでしゅか。ほほ~」

会話が終了しくるっと私の方を向き

「あと2週間したら違う人が出てくると言っておらっしぇる」

とのことだ。だから誰と会話した? 勇気を出して具体的なことを聞いてみた。それまでの私は質問をしていいのかもわからなかったし、聞く勇気も余裕もなかった。

「私はその人と結婚するのでしょうか」

「それは今は判らんじょ。2週間後にその人の写真をもって又来なしゃい。聞いてあげるでなぁ」

と言われた。家に帰り母にその話をしたら以外にも納得して断ってくれた。とにかく救われたのだった。が、まだ私はおばあさんが会話している相手がだれか分からず簡単には信用することはなかった。だから”2週間後”と言われたことも忘れていった。母の「見合いをしろ」攻撃から解放されたと思った矢先、また見合いの話が来た。まさかと思うが・・・・・

 

 

そう。その日がきっちり2週間後だったのだ。カレンダーを見ながらフリーズ。おばあさん、すっげ。

 

 

もちろん、おばあさんの指示通り写真をもってこの人と結婚する運命にあるのかを聞いた。答えは「結婚する気があるのか? 言われて見合いをしているだけでねぇのか? 答えてはくれねぇじょ」だった。つまりは、私が結婚する気がないことも指摘されたのだ。言われるままにお見合いをしなくてはいけない、そう考えている自分がみじめになった。母からは私を早く結婚させたい理由を聞いたこともなかったが「母自身のため」だと判っていたし、私は母のために早く結婚をしようとは思えなかった。そう思う事さえ許さなかったのも確かである。

 

それにしても一体このおばあさんは何者だろう。母から聞いた話は

「ある人の身内が行方不明になった。そこでおばあさんの所へ行き、足止めをしてもらいに行った。足止めとは家出したり、行方不明になった人が自分の所から遠くへ行かないように足を止める、と言う事だ。だから失くしたバッグも遠くへ行かないように足を止めてくれる。その行方不明になった人は、おばあさんに聞くと新潟にいるという。新潟は縁もゆかりもない場所でどこをどう探そうか困っていた。実はこの行方不明になった人は養子であったが知らずにいた。ある時それを知ったそうだ。ひょっとして、とその実母の事を探してみたら新潟出身であることが判った。その時すでに亡くなっていて埋葬も新潟だったという。すぐに新潟へ飛び、お墓を探し当てた。住職から話を聞くとその行方不明の人が確かに来たと言う情報を得た。更に探しついには居場所を突き止めた。」

という内容だった。とにかくすごい力を持った人らしく多くの人が助けを求めにやってくるらしい。実際に、2時間ほど待つこともあった。

続く

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