探したけど見つからない。。。。

何年前か記憶にないのだが、確か2005年前後だったと思う。

市で開催していた英語レッスンに参加した。その時、一緒に参加していたのがHさん。男性で、私より年下。彼は、深刻なアトピー性皮膚炎を患っていたが、初めて会ったときは少し回復し行動できるようになったころだった。

英語のレッスンは短期で終わるものであったが、そのクラスの先生とHさんと私、もう一人の方が親しくなり一緒に食事に出かけたりするようになった。もう、何度出かけたのか、どこへ行ったのかもはっきり覚えていないのだが二人で会うこともあった。

映画を観て食事をして、ごく普通に楽しんだ。ただ、彼の体調は本当ではなく、悪化しないというのが精一杯だったと記憶している。彼が体調が悪くとも私には言わず、外出できることを楽しんでいるように見えた。もし、私に体調が悪いと言えば私は、彼と会う事を拒否したからだ。もちろん、体を心配すればこそである。

今振り返っても彼とは話が合い、私のどうでもよいような話に付き合ってくれていた。

お兄さんがいたが兄弟そろって頭が良かったらしい。たまたま私の知り合いがHさんを知っていてその方が「頭の良い学生だったので覚えている」と、言ったぐらいだ。

どれぐらい一緒に過ごしただろう。ある日、私は違う英語の先生を見つけた。その先生はカナダの方だったが、Hさんも私も英語をもう少し習いたいと思っていたので、確か一緒に出掛けたこともあったと思う。3人ではなく数名のグループだった記憶がある。

私はHさんと誕生日が同じだった。一緒に祝えるね、と言っていたが、次第に彼からの連絡が来なくなる。

 

ついに、Hさんからの連絡は途絶えた。私は、彼が具合が悪いとしても良くなれば連絡が来る、と思っていた。それと、私自身も自分の事で一杯になった時があり、連絡を待つことも忘れて行った。

 

 

それから何年たったか今では覚えていないのだが、5年どころかもう少し間が空いていたと思う。

不意にHさんから年賀状が届いた。私は驚いた。このタイミングで?

元気でいるのだろうか? と気になり、住所を見ると私が知っている住所から変わっていなかった。彼はまだ結婚をしていないだろうと判断した。そして、体調も良くなったのだろうと。

年賀状に

「元気ですか?」と書き、メアドと電話番号を添えた。

メールも、電話もなかった。

 

 

翌年、Hさんが年賀状を送ってくれるという確信はなかったのだが、妙に気になり出すことにした。1月1日に届くように。今回は

「私は変わりありません」と書き、メアドと電話番号を添えた。

メールも、電話もなかった。

 

そのやり取りが何年か続いた。ひょっとして彼が結婚していたら、と思うと私から連絡をする事を迷った。私と同じ気持ちなら彼も私に連絡をしにくいだろうと思い、年賀状に

「私は苗字も変わっていません」

と「あなたからの連絡はOKよ」とメッセージを込めメアドと電話番号を添えた。

メールも、電話もなかった。

 

 

 

今年、Hさんからの年賀状は来なかった。きっと、結婚したんだ。幸せになったんだ。連絡をしなくてよかった。と本当は彼の事を案じる気持ちを封じた。

 

16日、見知らぬ名前の二人から寒中見舞いが届いた。いや、苗字にだけは心当たりがあった。

その寒中見舞いにはHさんが11月1日に旅立ったと記されていた。はがきを持ったままフリーズした。

 

 

同時に、後悔という気持ちが湧いてきた。

どうして、私から連絡をしなかったのだろう。。。。。

それ以上言葉があるとしたら? 

どうして。。。。。どうして私は彼に電話をしなかったのだろう。。。。

これが、後悔以外に何があろうか。。。。

 

 

 

 

昨年、アルバムの整理をした。その時、Hさんと私が写る写真が出てきた。英語の先生を含む5人で食事をしたときのショットだ。その写真を見ながら、私とHさんがいい時間を過ごしたのははっきりいつ頃なのか?記憶があいまいなので確認を取りたい。そういえばメールでもやり取りしてるので古いメールを探した。そこにも写真があるかもしれないのだ。

が、どこを探しても彼からのメールは見つからなかった。

 

 

 

呆然とする中、ふと私は、あの写真をご両親に送ろうか、と考え始めた。

 

 

Hさんはきっと若い時代に私たちが経験できるほどの事を経験していない。彼の話す闘病生活は過酷で、やっと外に出れるようになった、とさえ言っていた。そこで知り合った人たちの一人が私だ。私のおごりかもしれないが、そんな彼の人生の中で、あの時は良い時代だったのではないか?と思えてきたのだ。

 

私と会わなくなった後、彼が元気で過ごしていたのかは判らない。もしそうであれば、笑顔で食事をしているHさんの写真はご両親にとって大きな意味をなさないかもしれない。かえってご迷惑になるだろう。

しかし、もし闘病が続いていたとしたらあの笑顔をご両親に見てもらいたい。こんな楽しそうに私たちは良い時間を過ごしたのだと。お友達もこんなにいたのだと。

まだ決心はついていない。。。。

 

 

 

 

 

 

自分の身近な人のリーディングはできないと言われている。感情が入るからだ。

それでも、彼に聞いてみたい。

あの時は楽しかった?

今は辛くない?

と。

 

 

 

 

 

コメントを追加

Plain text

  • 使用できるHTMLタグ: <a> <img> <em> <strong> <cite> <blockquote> <code> <ul> <ol> <li> <dl> <dt> <dd>
  • ウェブページアドレスとメールアドレスは、自動的にハイパーリンクに変換されます。
  • 行と段落は自動的に折り返されます。
画像
ファイルは 1000 MB 以下のサイズでなければなりません。
利用可能な拡張子: png gif jpg jpeg
CAPTCHA
コメントをされる方は以下にチェックをお願いします。