父・叔父・母のこと

父、母、叔父に関するブログ

 

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古い記事は月単位で掲載しています。
サイトのテーマが変わります。

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こんな形で話すなんて


昨日の夜、母の古い知り合いから電話があった。

「そろそろ咲きかけた花を見てお母さんを思い出しました。花見に一緒に行きたいのだけれど」

と。

事情を説明すると、驚かれた。最後に母と会ったのが亡くなった年の4月だそうだ。

 

 

母とは良い時も悪い時もあったのだけれど、ことあるごとに母を思い出すと言ってくれた。生前、母からもこの方については時々話を聞いていた。悪口を聞きながらも少しするとスマップのコンサートへ一緒に行くと言ったり、話もしなかったと言いながらホテルのランチへ誘われたと言い私を驚かす。


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母の代弁


ここの所、間違いなく夢の中で恭平、ジュディー、さくらと会っている。

ただ、内容を全く覚えていない。喜んでいるのか悲しんでいるのか、嬉しいのかという感情もほとんど覚えていないが当たり前のことのように3匹に会っているような感じがする。

 

 

夢と言えば、数日前に母の仏壇にお参りに行ってきた。

訳があって簡単には仏壇にお参りできない状態になっていて、やっとお参りできたのだ。その時、母の15歳からの友人のHさんも一緒に出掛けた。

仏壇を目の前に、泣き崩れた。


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竹田圭吾さん


ジャーナリストの竹田圭吾氏が亡くなられた。

がんが見つかり闘病を続けられていて、体力の続く限界までテレビ出演を続けられていた。竹田氏はジャーナリストでありテレビのコメンテーターとしてテレビ画面で見る人もいたと思う。

出演番組の一つのとくダネという朝の番組で「妻に愛していると言ったことがあるか」と街の人に聞くコーナーがあった。竹田さんは

「愛してるって、なかなか言えないですよね。頭のなかでは1日2回ぐらい言ってますけど。じゃあ、今、言ってもいいですか」

と眼鏡を外しカメラを見据え画面の向こう側にいる妻に


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あの時とこれからと今


数日前に書いた、母の友人を訪ねた時、母の死を今も悲しんでいると言っていた。どうしてこんなに早く、という思いが消えないそうだ。

その話の中で、私が忘れていたことがあった。

 

それは母が入院していた時のこと。


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叔父の旅


葬儀から帰り、風邪をひいて寝込んでいた。熱は下がったが声が出なくなってしまい治るのに1週間以上かかった。今は、完治し元気だが風邪が少し治ったある日、夢を見た。

 

 

私は家にいるがなぜかふわ~っと上の方に上がり始めた。下を見ると家や街並みが小さくなっている。上に上りすぎてはいけないととっさに思い戻ろうとするが、いや、やはり上に言ってみたいと流れに乗り上に行く。


2004年 叔父の記録 No.3


ここまで書いて私はこの記録を書くのを止めた。この先は叔父の家族で解決していく方がいいと思ったし、父のことと重なり辛くなるのも正直な所だ。そのため時々、日記に叔父の事を書く以外はほとんど記録として残していない。

この後の簡単な経過は、叔父は国立がんセンターへセカンド・オピニオンを受けそのまま転院し手術を受けた。腸のがんと転移した肝臓の癌は全部取り除いた、と言うことで後は経過を見るだけだった。


2004年 叔父の記録 No.2


早速叔父に

『茨城に友達がいる。その友達に会いに行くので、帰りに叔父さんの家に寄りたいが、何時が都合がいいか』

とFAXをした。 そして叔父からの返事

『Fax受け取った。こちらの方に来るとの事。

自分の好きな日に来なさい。

あまりもてなしはできないけれど、食事ぐらいは食べれる

先ずは連絡迄

T(叔父の名前)』


2004年 叔父の記録 No.1


これは13年前に父の闘病記の続きとして書いていたものです。一時、サイトに掲載していましたが途中で掲載を中止していました。叔父が旅だったのをきっかけに改めて掲載してみることにしました。この頃は別途ブログ(日記)も掲載していてます。ブログを読む場合は2004年5月の記事で読めます。

 

 


茨城へ


日曜日夜、自宅へ帰ろうと車に乗り込もうとした瞬間急に”叔父と話そう”と思いたった。すぐその場で従妹に電話した。たまたま病室で叔父の隣りにいた従妹がこのまま叔父の耳元に携帯を当ててくれた。叔父の意識はなかったが普通の会話で話しかけた。

「今すぐはそちらへ行けないけど、また叔父さんに会いに近いうちにそちらへ行くからそれまで元気で待って」

意識はなかったがきっと聞こえていたはず。。。。と信じている。

 

 

翌早朝、天国へ旅立ったと連絡があった。

前夜の叔父との会話を想い、胸が詰まった。


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それでも・・・・・


茨城の叔父が入院し、容態が悪化したと連絡が来た。

現在は安定してきていると言うが、それでも多分叔父とは普通の会話をすることはないだろうと思う。

 

判っている。

でも、それでも叔父の家族も愛犬サスケも私も元気でいて欲しい、と願っている。

 

 


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