父・叔父・母のこと

父、母、叔父に関するブログ

 

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古い記事は月単位で掲載しています。
サイトのテーマが変わります。

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たまには笑う


母は何故か汗をすごくかくため、タオルがかなりの本数が必要だ。

家にあるハンドタオルなどを出してきて、母の元へ持って行った。その時残りのタオルの本数などを確認する。

すると母が

「そのハンドタオルは家に持って帰って」

「でも、洗濯してあるし綺麗だよ」

「だめ。それは葬式のタオルだ!!!!!」

「葬式? (実はなんとリアクションするか困っている)」


容態


毎日2回母の病院へ行く。

個室が空いていため、二人部屋にいる。小さなスペースでこれほどまでに近い距離に母と私が一緒にいるなどあっただろうか。母と暮らしてきたが、いつも距離があった。この近い距離を感じ、今まではただ同じ家に住むという関係に過ぎなかったと言う事に気付いた。

 

母の容態は日増しに悪化。

緩和ケアの方法などを相談しに、セカンド・オピニオンを受けに行くことになっている。苦痛を取り除くため何ができるのか、今はその一点に絞られている。この距離がもっと近くなるよう、祈りながら病院へ行くことにしよう。

 


首なし地蔵


首なし地蔵というお地蔵さんが同じ市内にあるが、そのお地蔵さんは病気で苦しんでいる人を助けてくれる、という言い伝えがある。父の病気の時にも出かけたが、今日は母のことをお願いするために出かけて来た。

 

いつの間にか周りに家が建ち、もう少しで見逃すところであったが今もあの時のままお地蔵さんがあった。

手を合わせ「母の病気を癒やして欲しい」と願った。更に「病が治るように」と手を合わせた。



母が入院するまでの間に、何度か「病気を発見する」チャンスがあった。

しかし、どのチャンスも見逃されたのであった。父の時も同じように病気が発見されたときに「手遅れ」という札を渡された。ただこのときチャンスがあったといえるのだろうか?チャンスの気配さえ感じぬまま札を手にしたように思う。


時計が止まった


母の入院している病院へ行った。必要なものを置いて、少し母の世話をして自宅に戻った。

 

 

気付けば掃除もままならない状態だったので、あちこち掃除、整理をしていた。時計を見ると夕方の5時47分ほどだった。まだ夕飯には早い、と思い掃除を続けた。

さくらがお腹が空いたと訴え始めた。でも大体私と一緒に7時ごろ食べるのだが、まだいつもの時間より早い。ふと時計を見ると同じ5時47分だ。

時計は止まっていた。


母と私


母の病について書くことになろうとは予測さえできなかった。

それほど母は元気にあふれていて、友人・親戚からは

「いつも元気でいいわ。それだけ健康であなたは幸せだよ」

などと嫌味半分、やっかみ半分で言われるほどである。私と比べても母の方が健康であり、病院にかかる費用はダントツ私が母より上である。

いまだに信じられない。

 

 

「本当にこの人が”がん”になったのか」

 

 

 

しかし、末期であった。


天国からの“お迎え”(NHK)


天国からの“お迎え”~穏やかな看取り(みとり)とは~

をNHKで放送された。私は見逃したが「放送まるごとチェック」で放送した内容すべてテキストで読むことができた。一部は動画でも見れる。こちら

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叔父が来た


月曜日に叔父がこちらへ来たらしい。

らしいと言うのは叔父の事後報告で、私は叔父に会うことはできなかった。

 

父は男三人女二人の5人兄弟で、父は長男、茨城の叔父は三男である。月曜日は次男のお見舞いに来たのだった。お見舞いを10分で済ませ、何も知らせることをせず帰って行ったという。次男の具合が思わしくなく、ショックを受けたようだ。きっと叔父の事だから現実を受け入れるべく一人で新幹線に乗り一人の時間を過ごしたに違いない。

 


治療再開


叔父が一時期中止していた抗がん剤治療を再開することにした。

半年続けると休んでもいい、と主治医に言われているらしく再開するときには

「半年頑張るんだ」と言う。

しかし、副作用が辛くなると半年は継続していられなくなり時には4、5か月で中止するときもあるらしい。継続期間が徐徐に短くなってきていて、3か月で中止と言うときもあるようだ。

それでも良いと思う。叔父にとって治療をすると言う事は「命がつながるかもしれない」という生への望みのようなものになっているため、生きられる安心感を持てるらしい。


タクティールケア


スウェーデンで開発された「タクティールケア」

未熟児をそっとなでると体温が安定して体重が増えることに気付き、そこからタクティールケアが始まったと言う。

現在日本でもタクティールケアを普及させる団体がある。

 

 

タクティールというのは「なでる」という意味があるようだが、この方法の他に手を当てて癒やしを与える「ヒーリング」というものもある。


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