父・叔父・母のこと

父、母、叔父に関するブログ

 

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サイトのテーマが変わります。

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年をとっても気にしない


茨城の叔父がテレビ電話を始めた。

http://www.logicool.co.jp/ja-jp/webcam-communications


叔父が弱気・・・・


母方の叔母が茨城へ車で行くことになり、便乗して茨城まで行こうかという話が出た。
しかし、同じ茨城でも反対方向になるため、途中までが限度であることが判った。
せっかくだが、次の機会にしよう、ということになった。

ちょうど叔父ともしばらく話していないので、電話をした。
叔母が出て「元気よ。ただ、今日は風邪をひいて寝てるのよ」と言った。
しばらく叔母と話をしたのだが、叔父が
「今年を超えられるかな」と言っていると言う。
どうしてそんな急に弱気になったのだろうか?


叔父の夢を見た


叔父の姿は出てこなかったが、お客さんが来るから買い物に出かけていて帰ってくるのを待っているってだけの内容だが、そういえばしばらく叔父と話していない気がする。

嫌な内容ではなかったので、叔父に何か急な変化などもないような気がするがメールを出してみようと思う。
考えてみれば、この間私が出したメールの返事が来たところだから
「用もないのにマメにメールしてこなくていい」とか言いそうだ。

用はないが、二重の虹を見た、とかなんとか言ってメールしてみようと思う。
元気なら今日はメールや電話は禁止の日だしね。
何で、って?


ちょー さぷらいず


昼間、携帯がなり出てみると茨城の叔母だった。
「今、床屋の前にいるのよ。そちらへ向かうところ」
とな。
私「え? 急に来ることになったの? 車で?」
叔母「そうよ。もうすぐ着くわよ。」
私「は? どこにいるの?」
叔母「○○ちゃんの家の近くの床屋よ」

絶句した。

言葉どおり、すぐに家に到着した。
叔母が最初に車から出てきたが、前に乗っていた車と違うのでひょっとしたら運転手は違う人か? と思ったがマジで叔父が車から出てきた。


母べぇ  2


この映画を見ていたら、祖母を思い出した。


記憶


今年はもう終わりも近づいてきた。本当に早い一年だった。

いや、父が亡くなってから今までが早かった気がする。
その理由は判らないが、きっと年忌というものがあるからだろうか。

七回忌と聞くと、もうそんなに経ったの? という驚きが大きい。その過ぎた年月の記憶に重要な出来事がほとんどないのも理由だろうか。


記憶


 

記憶

今年はもう終わりも近づいてきた。本当に早い一年だった。

いや、父が亡くなってから今までが早かった気がする。
その理由は判らないが、きっと年忌というものがあるからだろうか。

七回忌と聞くと、もうそんなに経ったの? という驚きが大きい。その過ぎた年月の記憶に重要な出来事がほとんどないのも理由だろうか。


よかった。


叔父にメールをしたら

「活性化自己リンパ球療法をしたらと言うのでやった、都内の白山通りクリニック輪生会。」
と返事が来た。これが入院の理由だったらしい。
私は他の理由で入院を余儀なくされたと思っていたので、この返事は驚きもあったが大変嬉しかった。

ただ、実費なのでかなり治療費が高い。そのため続けれるところまでは続ける、という事で現実の厳しさを突きつけられる。
私が余裕があれば・・・と思うけれど叔父はそんなことは拒否するだろう。


返事


叔父に、「長旅お疲れ様」と返事をしておいた。
やはり入院という言葉は使えなかった。
返事はまだないが、きっと自宅でのんびり過していると思う。

寒い冬になるかと思ったが、今年の寒さはまださほどでもない。
顔面ダイブしたあの年の今頃はモコモコのダウンを着て過していたが、今年はまだダウンの出番さえない。


旅行していた


叔父からメールの返事が来ない日が続き、携帯に電話をしても電源カットでつながらなかったり・・・・
ただ、父の法事の話などがあり母が家には電話をしていた。その時、叔母が出て「疲れたので寝ている」という返事だった。

2日前、叔父から
「旅をしていた。昨日帰った」とメールが来た。
電話の電源も入らない場所なので、病院にいたに違いないと感じた。

先月中ごろからずっと旅をしていたなんて考えにくい。このまま、騙されたメールをするのがいいのか、それとも入院していた、という前提で話をするのか考えてしまい、返事ができずにいる。


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