父・叔父・母のこと

父、母、叔父に関するブログ

 

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旅行していた


叔父からメールの返事が来ない日が続き、携帯に電話をしても電源カットでつながらなかったり・・・・
ただ、父の法事の話などがあり母が家には電話をしていた。その時、叔母が出て「疲れたので寝ている」という返事だった。

2日前、叔父から
「旅をしていた。昨日帰った」とメールが来た。
電話の電源も入らない場所なので、病院にいたに違いないと感じた。

先月中ごろからずっと旅をしていたなんて考えにくい。このまま、騙されたメールをするのがいいのか、それとも入院していた、という前提で話をするのか考えてしまい、返事ができずにいる。


父の法事


今日は父の法事だった。あっという間に七回忌になってしまったという気がする。

親戚が集まった様子を見ていたら、ここに父がいないのが不思議に思えてきた。変な話だけれど、本当に父がいなくなったのか? と違和感があった。

いないという悲しみは、いつしか形を変えていき徐々に受け入れることができてくるようになる。
ただ普段の生活の中で、いなくなった生活に慣れてはくるが、本当にいなくなったという事を受け入れることとは違う気がする。


味噌


叔父は赤味噌が好きらしく、茨城へ引っ越した後も赤味噌の味噌汁を飲んでいる。
うちは、手打ち味噌なのでその味噌を叔父へここ数年送ることにしている。作る味噌は赤味噌で無添加なので叔父の健康を考えても沢山飲んで欲しい。

数日前に叔父に味噌を送った。抗がん剤を再開したのだが経過はまだわかっていないようだ。効果があるといいのだが。。。。

数ヶ月前に、叔父が家に来たときに写した写真が見つかった。祖母も写っていたので随分前の写真なのは確かだが、いつ撮影したかわからない。その写真も一緒に送ったが、叔父にも何の時に写した写真か覚えがないようだ。


東京へ


急だったけれど東京へ行ってきた。時間がなかったので茨城へは立ち寄らなかったが、やはりあそこまで行くと、脚を伸ばしたくなる。また、行くことになっているのでその時には茨城へも立ち寄ろうと思う。

少し前、友達とすれ違い、食い違いという出来事があった。
人は誰でも自分が正しいと思うからこそ、相手を誤解する。長い付き合いでも一瞬で崩れるのはそういうときだと思う。
それから、相手のことをわかっているつもりでいることもすれ違いの原因の一つになる。大体、自分でさえ判っていないのが普通である。


叔父が


こちらへ来たいが、中々できないと言っている。

実際に、車で走ると7時間ぐらいはかかるかな?
ならば、私が来るまでそちらまで行き、叔父を乗せて連れて来ることを考えたのだが・・・・
となると、帰りに送る必要がある。
それって、どーよ? 2往復だよね。ん~、自信がないですな。でも、頑張って何とかしたいけどなぁ。。。。


お墓参り


今日は父のお墓参りに行ってきた。
今まで気づかなかったが、墓石の変わりに小さな石が置いてあるお墓を見つけた。
小さい石と言っても、石ころと言うわけではなく40センチほどの高さだろうか。
母に聞くと、昔は墓石ではなくこういう石を置いていたところが多かったそうだ。

父には兄がいた。生後1歳で亡くなったらしく父も会ったことのない兄弟である。その頃の時代は石を墓石にしていたところが多かったらしい。


叔父の抗がん剤


あれから、再開して2回目の抗がん剤をするところらしい。
副作用が強いのでいやになるが、それでも体調が戻るとビールを飲み、タバコを吸っていると、メールで返事が来た。

自分らしく生きる姿勢を崩さずにいることは本当に難しい。しかし、それができる叔父は立派であるとしか言いようがない。
もちろん、長く生きたいから抗がん剤の副作用も我慢する、という忍耐する気持ちが根底にあるのだが、その気持ちも強さの元になっているのだろうと思う。


叔父


今月から抗がん剤治療を再開した。
昨年11月に中止をして9ヶ月ぶりになる。
肺の癌のいくつかが大きくなってきたらしく、やはりこのままではいけないと判断したようだ。

その叔父の判断には私達周りは応援して、支えるしかないと思う。ただ、側にいる叔母は近くで叔父が抗がん剤の副作用で辛そうな顔を見ることになるので、叔母も辛いだろうと思う。


お盆


今日はお盆が終って、送り火でご先祖様を送った。
未だにこの儀式の意味が良く判っていないが、すべきこととしてこの時期にはいつも同じ事をする。

決して父のいない生活には慣れないが、受け入れなくてはいけないことだけは確かである。
当たり前の生活は、幸せと言う言葉にもつながり、当たり前が当たり前でなくなった所から又新しい何かが始まる。その過程の中で、苦しいほどの寂しさ、悲しさは、愛おしさ、慈しみ、悼みの伴う悲しみに変わっていくのだろうか。。。


手紙


ちょうどお盆で、花代を送ってくれてそこに一筆が入っていた。

母に向けて、抗がん剤をはじめたが始まったばかりなので、あと数日しんどい日が続くだろう、と書かれていた。
短い文面だったが、叔父の状態が手に取るように見えてくる。
無理をしなくてもいい、と100回言っても叔父はこうして手紙を書いてきただろう。

そして
最後に「M(私)に又メールする」と書かれていた。

しんどいから、返事も大変では、と思いメールをしなかったが
明日は、叔父に長文メールでもしてみようと思う。


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