2003年10月


10月27日
同じ部屋でお友達になったHさんが退院と聞いて、ショックを受ける。しかし聞き違いであった。
シャワーを浴びたのだが、一人で頑張れる様子。そしてjimiさんに頂いたお茶も一生懸命飲んで直すのだと、意欲を見せる。本心はホスピスへは行きたくなさそう。。。。

10月25日
父が自宅へ。戻ったらいきなり嘔吐。しかしその後は昼寝をしたり、自分の欲しいものを探したり、愛犬たちと一緒に笑顔で過ごした。愛犬のパワーはすごいと思った。かなり疲れたようだが自宅で嬉しそうに過ごしたので良かったと思う


2003年9月


9月29日
病室に行くと、お風呂に入ってきたという。かなり疲れてしまってぐったりしている。しかし、同室者との会話が弾んだせいだろうか?元気が出てきて、テレビを見ている。
恭平が様子がおかしい。慌てて動物病院へ。尿毒症になりかかっていた。

9月26日
なんとなく顔がふっくらしている。体重を量ると、2キロ増えた。腹水でなければいいが。

9月25日
食欲減る。痛みも朝方にあるらしい

9月24日
おかゆを食べたがその他は食欲なし。痛み止め増量


2003年8月


8月30日
痛みあり。座薬で対処

8月27~29日
食欲はある様子。量は少ないが、少しずつ食べる

8月26日
ガンセンターで検診。夜中からお水のような便が出るらしい。色も黒いとの事。ガンセンターにつくなりトイレへ行きたいと言い出すが、歩く体力ナシ。結局車椅子で慌ててトイレへ。検診の結果、腫瘍マーカーが減少。体力は落ちたが、抗がん剤は効果があったと言うことらしい。貧血は改善せず。鉄剤を今日から服用予定


2003年7月


7月31日
胃カメラ。検査の最中寝ていたと嘘みたいな事を言う

7月30日
食事があまり取れないので明日、胃カメラをする事になった。熱あり。昨日は無かったのに

7月28日
血液検査の結果、少し白血球が減少。血を吐いたために貧血が少し進むが今は出血はしていないと言う判断で今日の夕飯から食べる事が出来る。便秘解消。発熱あり

7月26日
ずっと寝ている。なんとなく「もうダメだな」と父はあきらめているようだ


2003年6月


食事の量が減ってきた。時々背中が痛いという。27日には、胃が痛くて眠れなかったと言う

6月26日
検診。骨シン値結果も異常なし。腫瘍マーカー5月分は大幅UP

6月22日
父の友人と、愛犬と私とアユ釣りへ。終わったときにはさすがに疲れていた

6月20日
骨シン値の検査

6月14・15日
毎年行うグループ旅行へ。皆がとても気を使ってくれたと、喜んで帰ってきた


2003年5月


5月11~29日
状態は安定していて、食欲もあり。体重も4キロほど増える。散歩へ行ったり買い物へ行ったりして過ごす。しかし、する事の無い時間帯は何故かボーっとしていて以前のように積極的に行動をするということは無い
5月21日には
旅行へ行く予定があるので抗がん剤を旅行の後まで延ばしたいと聞いてみた。「大丈夫」という医師の判断

5月7日
便秘薬が欲しいと、医大へ。前の主治医の診察を受ける。「涙が出るほど嬉しい」と父の回復振りを喜んでくれた


2003年4月


4月30日
医大で、イライラの原因が副作用であると判った。副作用を抑える薬があるので処方してもらう。父は涙を流しながら喜んだ。それ程つらかったのだろう。入院をさせなくてよかった。私も一生懸命だったのか、喜ぶ姿を思い一人で涙した


2003年3月


3月1~31日
態度が子供っぽくなってきた。私が行くところどこへでもついて来て一人で行動すする事は無い。食事も沢山食べる事が出来るのだが、胃に負担をかけすぎるなと、注意すると隠れて食べる。そして「さっきパンを食べた」と事後報告をする。まるでいたずら好きの子供だ


2003年2月


2月28~15日
食事はあまり食べられない。殆どがおかゆか、そうめん。一日1食ほど。しかし、必要な栄養はエンシュア・リキッドで補給。少し食事を取ると、胃の裏辺りがウズウズするらしい。さすってあげたら気持ちよかったらしく、その後、毎日さすって欲しそうに私の周りをうろつく

2月14日
退院。自宅へ帰ってきたら温かいそうめんが食べたいというので作ってあげる。そうめんを目の前にして涙した。発病以来見た2度目の涙。しかし、嬉し涙と父は言う


2003年1月


1月27日
抗がん剤始まり。TS-1のみの単独服用。いきなり食事が出て「食えるか!!!!」と怒った

1月26日
少し微熱あり

1月24日
微熱になった。月曜から抗がん剤を始める事に

1月23日
カテーテルの針を入れ替えてみた。熱、下がらず


ページ