恭平の物語(Story of Kyohei)


目次


最後の出産と旅立ち

最後の出産

 しかし、事もあろうか、母の友人がどうしても赤ちゃんが欲しいと言って来たらしくもう一度お産させたいと母が言う。その母の友人はペット・ショップではなく一般の家庭で生まれた子供を欲しいという事らしい。もちろん私は完全拒否。しかし、母の友人があきらめなかった。が、こんなに欲しがってくれるのなら必ず可愛がってくれるに違いないと思わないでもないが・・・・。その上、ジュディーの次のお産まで1年近くあるがそれを待ってでも欲しいと言う。健康で、愛情を受けて育った子を欲しいという願いが伝わってきて、結局私が折れた。

 予定通り3回目のお産。全部男の子。見事なまでに男の子。 どうして女の子が生まれなかったの? と不思議に思った。今までに12匹の赤ちゃんをジュディーは出産したが、色も全部恭平と同じレッド。ミニチュアにしては大柄なのも恭平とよく似ている。きっとこの子達は大きくなったら恭平そっくりになるのだろうな。。。。

 子育ても、前回と同じでジュディーはさくらに手伝ってもらい、2匹での授乳。恭平は蚊帳の外。歩くようになると恭平も子育てに参加。ジュディーは監視役。さくらはお姉さんとして第二の母として育児に遊びに入念に子育てに参加。時々、母の友人は成長状況を見に来ていたのだが、そんな状況を見て愛情を沢山受けて育った子なのだから男の子でも構わないし、どの子でも構わない。と、気に入ってくれた。

 しかし、さよならを言うときにはとてつもない寂しさが襲う。ここで私はジュディーの年齢と出産回数を考えてこれが最期の出産だと母に宣言し、自分にも誓った。

生まれてきたから・・・・

 ジュディーは3回のお産で合計12匹の子供を産んだ。この中の11匹はそれぞれの家庭へ行き、それぞれの人生を歩んでいった。運命と言うものがあるのなら、12の違う運命がある。とても広いお庭のある家に引き取られた子は、庭を走り回り、新しい家族のためにと飼い主さんが庭の整理をした。欲しいと言っていた子供たちよりお母さんの方が、一緒に布団で寝るほど可愛がってもらったり、一人っ子の弟としてとても重要なポジションについたり、毎年送ってくれる年賀状にはとても幸せそうでいつも一緒にいるんだな、と感じさせられたり、12の人生、いや犬生をそれぞれ幸せに過ごしているがあるんだな、と感じた。

 反対に、その生命を作った事に対しての責任のようなものも感じた。ただ可愛いからという理由や、赤ちゃんを売ったお金が手元に残るからという理由で、新しい生命を作るべきではないし、又、作るからにはその重みを感じるべきだとも思う。私がシンディーを購入したペット・ショッでも「メスはご飯代を稼ぎますから、安いもんです」と、当時高額であったダックスフンドの事をそう言った。しかし、本当はそうした考え方で無用に新しい生命を誕生させるのはとても悲しい結果を生むことになる。何のために子犬を産ませるのか? それは望まれるからであるべきなのだ。新しい家族の下へ旅立った後の運命は、その新しい飼い主さんと作り上げていくもので、私やジュディーが立ち入る領域ではない。しかし、欲しいと願って生まれてきた子の子達は必ず幸せになってくれるだろうし、生まれてきて良かった、そう思える人生を歩むに違いない。

 これからはジュディーが出産する事はない。欲しいといってくださる方もいるが、ジュディーの母体を考えるとこれからは出産をするより、ご苦労様と声をかけ、旦那さんと、娘との生活を楽しんで欲しいと思う。現在、ジュディーは母としての強さを忘れ、以前のボーと少しヌケたような表情と、のんびり歩くおっとりやさんに戻った。さくらも、ジュディーの娘として甘えっ子に戻り、本当によく子犬達を育てたな、と不思議にすらなるほどだ。恭平は?何故かジュディーの尻に敷かれたままである。

ダックスの恭平
別居生活

 3匹になった恭平の家族は以前の生活に戻り、いつものように3匹を連れて散歩へ行ったり平和な生活が続いていた。そんなある一日の事・・・・・・

 愛犬たちの散歩には、ドッグ・ランになっている公園まで車で行く事が多い。3匹は走る事が大好きだし楽しそうに走り回る愛犬たちを見るのが私の楽しみでもあった。ある日の散歩の帰り道、私は事もあろうか交通事故をしてしまった。3週間の絶対安静を言い渡され、運が悪いと半身不随の可能性があると両親は説明を受けていたらしい。私はそこまで重症とは思っていなかった。ただ、看護師さんや医師が慎重に私を扱うことに疑問を持っていた。大体3週間後には退院できると思っていたぐらいだ。しかし、グアムで恭平の面倒を見てくれた私の親友は事故後の私を見て「車椅子で私を引っ張って、その上に犬を3匹散歩させる事になるのか」と思ったというから、余程重症だったのだろう。しかし、私は入院中も「犬、犬、犬」で壁には3匹の写真を貼りまくり、恭平たちが元気にしているか自宅で愛犬たちを写真に写して病院に持ってきてもい確認をしていた。

 絶対安静が解けた後、徐々に回復し車椅子で外に出ることが出来るようになった。もちろん最初のお願いは「恭平とジュディーとさくらに会いたい」だった。父も母も呆れ顔だったが、3匹を病院に病院に連れてきてくれると言う。所が・・・・車椅子で移動できるのは病棟の中だけで、医師や看護師さんの目の届かない所へは行っては行けない言われた。少々焦った。まさか私は重症か? そう。大して重症でないと思っていたのは私だけでそう簡単に退院が出来ないと知ったのである。ならば必死でリハビリをして一日も早く退院しなくてはならない。リハビリは思ったより辛い。根性なしの私は投げたいぐらいだった。しかし、3匹に会うためには負けてはいられない。絶対に頑張らなくては!!!!

 3匹の様子を聞くと、私の部屋で毎日寝ていたのに、もう帰ってこないと思ったのだろうか?とうとう私の部屋にも入らなくなったと言う。焦った。このままでは3匹に忘れ去られる。私は自分なりに一生懸命3匹との信頼関係を築いてきた。なのに、たった1ヶ月で忘れ去られるのか? 信頼関係があると思っているのは私だけなのか? 結局犬っていう動物はご飯をくれて散歩へ連れて行ってもらえるなら誰でもいいのか?等と様々な否定的な考えが浮かんでくる。が、恭平だけは私を待っていてくれるに違いない。

 とうとう3匹に会える日となった。

 父と母に車椅子を引いてもらい、3匹が乗っている父の車に連れて行ってもらった。そっと車の中を覗く。すると、いつも私の横の助手席に座っている恭平はバック・シートで丸くなっている。とっさに、私がいなくなって主人を失い立場がジュディーとさくらより弱くなったと感じた。力が無く、人生をあきらめたおっさんのように丸くなっている。車の窓を叩くと3匹が私を見つけた。しかし恭平は固まっている。瞬きもしない。もう一度叩いたが、やはり固まっている。「恭平!!!!」と呼んだ。少しシッポが動いた。パタッ。しかし瞬きはしない。やはり私の事を忘れ去ったのか? もう一度「恭平、私よ!」と言うと、パタッ、パタッとシッポをシッポを疑いながら振っている。たまりかねてドアを開けると、今までに無いほどの勢いで尻尾を振り、キュンキュンを通り越して、叫んでいる。そして私のひざを抱え込み、頭を私にこすりつけ匂いを嗅いでいる。私は恭平に「もう帰ってこないと思ったんだよね?でもここにいるから。もう少ししたら帰れるからそれまで我慢して」と言った。しかし恭平は何時までも何時までも私から離れることはしよとしない。きっと恭平は私に捨てられたと思ったに違いない。もう戻ってこないと思ったに違いない。泣ける。。。。一日も早く退院して恭平の下へ帰ろう!!!!!!ごめんね、恭平。こんなに寂しい思いをさせてしまって。。。。ほんとに、泣ける。。。。

 その時ジュディーとさくらは? 一応喜んだが、ご愛嬌程度で、元の自分達のポジションに戻り、父を見ている。「早く散歩へ行こうよ!!!」と言うことだ。どうやら私より散歩が待ち遠しいらしい。。。。。泣ける。

 そしてこの入院が、自分の予想に反して2ヶ月以上になったのには泣くしかなかった。。。。。

 なんとか退院をし、いつもの3匹との生活が戻ってきた。とは言っても車の運転は出来ないので、近くを散歩することが毎日の楽しみとなったがリハビリにはちょうど良い。恭平もいつもの恭平に戻り、いつも私の横には恭平がいる。ジュディーとさくらは? 誰にでも愛嬌を振るのも、簡単におやつにつられるのも今までどおりだ。そんな生活が戻ってきた喜びをかみしめている。